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サッカーW杯と“Murder Game” [クリスチアナ・ブランド]

 今日(2010/5/30)の日本xイングランドの親善試合を見て[TV]、4年前に書いたこの記事を思い出したので、上げておきます(^^ゞ

4年前の記事なので、2010年のイングランドは44年ぶりの優勝を目指すことになります[サッカー]


サッカーW杯も佳境を迎えました。

Yuseumが日本代表以外に興味を持っているのは、40年ぶりの優勝を目指していたイングランド代表。
これは英国ミステリ好きと無縁ではありません。
今日は、そのイングランド、PK戦でポルトガルに敗れてしまいました(´ヘ`;)

ところで、サッカーとミステリで何か面白いネタはないかな、と調べてみたんですが、意外にないんですね。
もちろん、サッカーを題材にしたミステリーがないわけではなくて、例えば、あのサッカーの神様ペレの書いた『ワールドカップ殺人事件』というのもあります。
でも、Yuseumの探しているのは、サッカーの母国イングランドで生まれた英国ミステリ。
と思っていたら、灯台もと暗し。意外なところにありました。
Yuseumの大好きなクリスチアナ・ブランドの『ジェミニー・クリケット事件』Murder Gameです。

「招かれざる客たちのビュッフェ」
クリスチアナ・ブランド著 / 深町 真理子〔ほか〕訳


この作品は短編集「招かれざる客たちのビュッフェ」に収録されており、密室物の傑作として評価が高いばかりでなく、オールタイムベストの短篇部門でも上位に入る名作です。
ジェミニー殺人事件について青年が老人に語るところから始まるのですが、この犯行が行われたのが「土曜の午後で、おまけにワールドカップの決勝戦」だったのです!
「決勝戦」というのがポイントです。


ここで、サッカーW杯の歴史を紐解きましょう。
FIFAのオフィシャルサイトによると、1966年のW杯はイングランドで開催されました。サッカーの母国というプライドと自国での初開催という威信をかけて、イングランドにとっては優勝が至上課題だったこの年。
決勝戦はそのイングランドと、優勝経験国の西ドイツ(当時)がロンドンのウェンブリースタジアムで戦いました。その日が7月30日の土曜日

 

『ジェミニー・クリケット事件』には、ある登場人物のアリバイとして、≪ベル≫という店のすぐ外の公衆電話で電話をかけたことが描かれています。

(1)「・・・、店のなかで、みんながテレビのまわりに集まってるのが見えましたから。(中略)そこで、窓をたたいて、いまどんなスコアになっているか、身振りでたずねました。すると、向こうからも身振りで、いま延長戦になっているとの答え。で、同点だっていうことがわかって、そのあと双方ともガラスごしに、勝利を祈っているというしぐさをして・・・・・・」(深町眞理子 訳、以下同じ)

実際、1966年のW杯の決勝戦はスリリングな戦いとなり、延長戦となったのでした。
そして、「ウェンブリー・ゴール」という物議を醸したゴールの末に、イングランドが西ドイツを4対2で下して、優勝したのです。

『ジェミニー・クリケット事件』が発表されたのは、このイングランド優勝という興奮も醒めやらぬ1968年。
従って、読者はこの作品を読んだとき、普通にこのW杯を想起したに違いありません。
「だれだってテレビにかじりついてるでしょう。なおそのうえに、土砂降りで、風も強かった。国じゅうの大半はすばらしい好天だったのに、ぼくらの町だけが、吹き降りの大あらしだったのです。」
クリスチアナ・ブランドが選んだ殺人舞台は、まさにこのような異質な世界でした。

(2)「はじめはパブの戸をたたき、外の公衆電話を使いたいので金をくずしてくれと頼むつもりだったが、いま見ると、全員がテレビの前に集まって、ワールドカップ決勝戦を観戦のさいちゅう。となれば、たんに窓をたたいて ー 店の連中とはみんな顔なじみだ ー 物問いたげな表情をつくり、ガラスに疑問符を描いてみせるほうが、どれだけ自然だろう。そして、“同点で、延長戦”というジェスチャアが返ってきたら、手を握りあわせて、勝利を祈っているふりをし、ふたたび彼らをテレビにもどらせる。」

この作品では、W杯が単に飾りとして描かれているのではなく、ストーリーと密接に絡んでいるのです。
そして、これを読んだ英国人にはある種のリアリティを感じたことでしょう。
おそらく、ブランドはその事も計算して、この作品を描き上げたのでしょう。
改めて、ブランドの凄さを感じます。

ところで、いままで紹介したのはイギリス版の『ジェミニー・クリケット事件』。
実は、アメリカ版の作品もあり、これは以下のアンソロジーで読むことができます。


米国版と英国版は結末が微妙に異なるのですが、基本的なストーリー展開は同じです。
殺人の起こった日もワールドカップの決勝戦の日と同じですが、しかしながら、上で紫色に記した部分が異なるのです。

(1)’「小銭がなくて、店のものを呼び出して両替してもらいましたから、それは証明できます。事実、その前にまずたずねてみたんですよ(中略)そのあとで小銭の両替を頼むと、連中は急いでそれをすませて、すぐまたテレビのワールドカップにもどっていきましたよ」(深町眞理子 訳、以下同じ)
(2)’「パブの戸をたたき、ヘレンがここで自分を待っているのを見かけなかったかとたずね、彼女の家に電話したいので、小銭を替えてくれと頼む。・・・」

米国版にはW杯の緊迫した状況は描かれていません。
これは、アメリカではサッカーはマイナースポーツであることと無関係ではないでしょう。
イギリス人なら共有できる、あの決勝戦の興奮というのを記しても、アメリカ人には分かりにくいと考えて、シンプルにしたのかもしれません。

作家の北村薫さんは米国版の方が好きなようですが、サッカー好きの方は英国版の方が興味深いかもしれませんね。
いずれにしても傑作短篇ですので、未読の方はこの機会にご一読を!


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コメント 4

チヨロギ

イングランド、負けちゃいましたね・・・(T_T)
米国版と英国版の描写の違いって、おもしろいですね!
未読なので、さっそく購入したいと思います。もちろん英国版を♪
by チヨロギ (2006-07-02 20:06) 

ゆーじあむ

チヨロギさん、nice!ありがとうございます。
この短編集はアクが強いけど、お薦めです[はぁと]
by ゆーじあむ (2006-07-04 00:19) 

チヨロギ

おお、わたしのコメントがw
日本、負けちゃいましたね~。
by チヨロギ (2010-05-31 01:01) 

Yuseum

4年前のチヨロギさんのコメントでした[わはっ]
・・・日本、本番はどうなるのでしょうかね[・・・]
by Yuseum (2010-06-09 04:40) 

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